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断酒日記百一日目

 肝臓の状態は最悪ではありませんでした。

 

 紹介状を書いてくださったお医者様にCT検査と胃カメラの画像データを大きな病院の先生が送ってくださるとのことで今後は近くの病院で経過観察をすることになりました。

 

 新しくお寺を建立するという目標に対して「世間はそんなに甘いものではない」と常に厳しい言葉で後押ししてくれた父は肉体の束縛から解放されてほとけさまになりました。今のわたしは浄土真宗の教えを自分自身の生死の柱としているので父が死んでも死んだと思っていません。父はほとけさまになりました。阿弥陀如来と同じはたらきのほとけさまになった父と会話をしながら「こんなときはどう言うだろう」と考えながら過ごしています。

 

 父を看取るまでの一か月間、毎日さまざまな話しをしました。わたしが「肝不全で肝硬変か肝臓ガンで死ぬかもしれない」という診断を受けていたことなども話題になりました。「体の痛み方はくぎで刺されるような感じ」という話しになったときはお互いに強く共感して話が盛り上がりました。何も食べたくないという話題も共通の話題でいかに食べるかと対策を練ったりしました。

 

 体がくぎで刺されるくらい痛いと言うと「わしもじゃ」と広島弁で笑うのです。笑いはしますが、すぐにまじめな顔になり「CT検査なんかは体の状態を知るだけだから大したことはない。末期だったら検査どころじゃない」と目を合わせず語る父の言葉と姿に励まされました。

 

 死に照らされながら「この世に生きている人はみんな厳しい状況だ。こんなつらいことを全員が乗り越えながら過ごしているのか」と阿弥陀如来さまに手を合わせる日々でしたが手を合わせることそのものがこれほどありがたいと思ったことはありません。

 

 今回は私自身の検査の結果が良かったので死ぬ一歩手前でなんとか肝臓が元気になってくれたという思いで一杯ですが、いつの日かまた同じようなトンネルを抜けていかなければならないのだと思っています。その時は父の最後の一か月の姿がわたしのお手本です。

 

 食事を一切受け付けなくなり「食べられない」ことを残念がる父。起き上がることさえままならず寝たままの状態で過ごしながら「ありがとう」と「感謝」を連発しながら涙を流す父。私に対する最後の言葉は「おしっこに行けたらな」でした。

 

 「人間が死を迎えるとはこういうことぞ」と言っているような気がします。最後の最後まで母とわたしを怒鳴り散らしていましたが生きていればこそです。

 

 真夏の暑くるしいときに内臓が絞られるような激痛と闘い夜が明け鏡をみたら黄疸がでていたあの日、わたしはおそれおののきました。いつもの病院に行ってもお医者さまは「あぁーあ」という顔です。

 

 大きな病院で「このままお酒を飲み続けたら死にますよ」と言われたときは「どうしよう。どうしよう」の一点張り。数日間は「私が死んだら後に残されたものはどうなるのか」「入院したらお金がかかって迷惑だからいっそのことお酒を飲み続けるか」「わたしは生きている方が良いのか」「わたしは死んだほうが良いのか」「どちらだろうか」と思い悩み続けました。「このままお酒を飲み続けたら死ねる」という思いがあったのは生きていることそのものが周囲に迷惑だという感覚があったからでしょうか。自分の人生の中では「甘えるな」と誰かに罵倒される感覚が常にあったので仕方のないことかもしれません。私にとってのお酒は自己否定を自分でしてしまうことから逃れる手段です。

 

 「死にたくない」「死ぬのは嫌だ」「死んでたまるか」父のガンとの闘病生活は18年でした。「死なないと思っている」という言葉を良く聞きました。

 

 どんなことをしても生きていたいけれどダメだったらどうしようという不安な思いで一杯の中で父が最後の一か月に突入します。当初は、自分のことしか考えていないように感じていたわたしは申し訳ない気持ちで一杯なのでどんな顔をして会ったらよいのか戸惑いました。

 

 「父はまだ生き続けるはずだ」という思いのなかで過ごした最後の一か月。毎日、病院と実家に通い「後悔があってはいけない」ので妻と子どもにも会わせて一生涯の時間の中でいちばんよく意思の疎通をはかることができたと思います。父も「こんなに話しをしたことなかったな」と言うので会話をするということに関してだけは満足できたのではないかしら。

 

 破れかぶれでお酒に逃げ続けた30年がわたしの人生です。

 

 いろいろあっても父の最後の一か月をいっしょに過ごすことができて良かった。これからは父が存在しない新しい人生の出発です。また、お酒のない人生の出発でもあります。いつでもどこでもいっしょのほとけさま。この言葉を覚えていて良かった。死んで終わりではありません。

 

 断酒日記はこれで最終回。

 

 「逃げたらいかんで」

 

 親は子のことをよく見ています。子どもは親がいくつになっても子どものままでした。

 

 私『何がしあわせかと言って家族みんなが一つのこころになっていることほど幸せなことはないっていう法話をするんだ』

 

 父『それはいいことや。やり続けろ』