断酒四十七日目

 お薬を処方してもらうために近くのお医者さまに通うことを許してもらいました。

 

 紹介状を再び書いてもらってお薬をもらいに行きます。

 

 『あれからお酒は飲んでいないの?』と聞かれ「当り前じゃないですか」と答えました。

 

 アルコール由来の肝臓病は「飲酒をしないこと」が一番のお薬なのでお医者さまは『飲んだら医者に通ってもしかたないと言っても過言ではないからね』と言葉を続けます。

 

 お医者さまで処方箋をいただき薬局に行きます。

 

 どれほどの人が「お酒をやめることができないのだろうか」とお医者様の言葉を反芻しながらやめることの難しさをかみしめます。

 

 『あの人もわたしも「やめなさい」といってもやめることができなくて死んでしまう人をたくさん見てきたから…』お医者さまが見てこられた人がどのような人なのか想像します。

 

 きっとわたしと大して変わらない同じ人間だろう。ついている職業の違いや経済力の違いが多少あっても家族がおり友達がいて楽しく飲んでいた人。思い通りにならない人生と自分の至らない姿を悔やんでやさぐれながら飲み続けてしまうことだって特別なことでない。

 

 『下血したときは手遅れでね』と泣きながらのほほ笑み。

 

 残された母親の言葉です。

 

 本人の遺影を見ながら読経をし手を合わせ法話をします。わたしもお酒をやめることができない人のひとりです。お医者様にきつく言われてやっとどうにかこうにか断酒を続けている始末です。そのようなことを話すとこころの重しが取れるのかホッと表情が緩みます。

 

 「死んでもいいや」とこころのどこかで思っていたらやめることができてもやめられないのかもしれない。「死んでもいいや」という思いを否定してくれる誰かが存在してその存在が言葉よりも重く行動を制御できるくらいのはたらきだったらみんな断酒できます。依存症は病気なので入院も必要。かくいうわたしも「入院しなさい」と言われました。

 

 『あなたのことを特別に信用して今回は入院をしない』という選択をしてくださったので仕事を続けながら断酒していますがお医者様からすれば「入院してくれ」た方が治療しやすいし安心。

 

 診察室を出るときわたしの視線と合ったその瞬間を逃さず『飲みたい衝動が出たら電話してください』という言葉が響いたので「心配は心配」だったのでしょう。

 

 「死んでもいいや」と「死にたくない」の天秤はどちらが下がるだろう。

 

 「死んでもいいや」と「死にたくない」は紙の裏表でスポットライトが表と裏に交互にあたったりしながら時間が過ぎていくのだろうか。

 

 『このままやめ続けたら…あなた治るわよ』女医さんはすこぶる怖い顔ですごみます。

 

 神仏に「お願いごと」をするときがあるでしょう。そのような状態のなか生きる。

 お願いごとをし続けたその先には「かけられている願い」に気が付いて願いがかけられ続けていたことに目覚めていくことがあります。

 

 すべての人にかけられている願い。あの人にもこの人にも…あなたにも