断酒四十一日目

 枝ものを花瓶に入れてお手洗いに行って帰ってきたら花瓶が割れていました。風に吹かれて倒れていました。

 

 かたちあるものは必ず壊れます。

 

 人も同じです。

 

 今まで聞いたことがなかったジャズ。有名だとインターネットに出てくる曲を聞いてみました。歌詞がないので新鮮です。クラシックともまったく違い、スイングだとか専門用語もわからないまま聞き入っています。19世紀末からジャズが出現したそうなので時代背景や歴史を想像しながら聞いています。

 

 『ジャズは会話だ』という文章を読んでなるほどと分かったような気分にひたりながら聞きます。よくわかりませんが聞きます。必ず死ぬのだからとできる範囲でいいから新しい世界に触れてみたいという欲求が高まります。

 

 自分にも何かできるのではないか。人を感動させることだってできるのではないかと思います。今日、何かできるのではないかと思いながら生きていると昨日と同じ風景が違って見える。同じものは何一つありません。昨日の姿と今日の姿も見え方や感じ方が違います。風景が変わるように感じるのは昨日のわたしが死んで今日生きかえり死んでいくからです。明日は目覚めるまでやってきません。

 

 『坂道のアポロン』というアニメを鑑賞してジャズを理解している人が物語を構築すると「ジャズってこんな世界よ」と語り掛けてくれるような気分になりました。

 

 登場人物が際立っていて「昨日の俺は死んだ」「新しいわたしが生まれた」「勘違いだった」「独りよがりで恥ずかしい」など音楽にのせて流れる背景がわたしに語りかけてくれます。

 

 独りぼっちだと感じていたわたしは「ともだち」ができたような気がしてうれしい思いでいっぱいになった。

 

 作者のこころに触れ、細部まで丁寧に描かれる絵に魅了されながら聞くジャズのしらべは「これがわたしよ」と参加しているスタッフの方々全員の思いがひとつになっているようでうらやましい。ぼくもその世界に触れていたい。余韻に満たされながら久方ぶりに安眠しました。

 

 死んでいくということを避けるのはもったいない。生きていることも捨ててしまうような気がします。

 

 かぼちゃが美味しかったからもう一度同じ料理が食べたいとリクエストしたらイメージと異なるテイストのかぼちゃが出てきて夫婦ケンカになりました。

 

 どうしても同じ味のかぼちゃが食べたかったのです。

 

 今日は夫婦でかぼちゃを買いに行きます。最後の料理かもしれません。そのような一日を生きたい。