断酒三十九日目

 お酒を飲まないと決めてから「愚か」ということばを実感しています。

 

 家族からどれだけ「お酒を飲みすぎたらいけないよ」と言われ続けたことでしょう。飲みたいということではなく飲みたいという衝動を抑えきれないということではなかったのですが飲み続けます。いつでも無意識の世界のわたしは「自暴自棄」です。そのことが「いま」わかるのですから「愚か」であることに間違いありません。

 

 逃げたいことや考えたくないことがいっぱいあります。努力しても無駄なことではないかと打ちのめされることもあります。そのような現実のありようが問題なのではありません。意識をしなくても必ずやってくる自分を否定する波。その波が来ると「またか」と思いながら水割りを作ったりします。今日、生きているのにもかかわらず、もしかしたらしあわせなのかもしれないのに、明日のことを心配して明日のわたしの幻におそれおののき、自己否定をする暗いこころの闇にお酒を入れ続けます。

 

 どうあっても「しあわせ」になってはいけない。お前は人生のどん底にいるくらいが調度いいのだ。そのような言葉が日が落ちて夜になると頭のどこかにもたげてきます。そんなとき、お酒は現実を忘れさせてくれるとても身近なアイテムでした。家族が心配するので蒸留酒にして水で薄めて飲んでいましたが飲む量を考えていません。

 

 現実を忘れるくらいの量が適量という勢いで飲み続けたら案の定です。

 

 愚かだと気が付いて愚かな私の姿を受け入れ死に照らされてみつけた自分を自分で全否定したい衝動を「お酒を飲む」ことで抑える。もったいない。

 

 自分を自分で殺す必要はないけれどそれくらいの苦痛は現実の社会にはいくらでも転がっています。

 

 『坂道のアポロン』と『残響のテロル』というアニメを見ました。

 

 「わたしだけではない」「みんな同じような気持を抱えている」という気になってスッキリします。

 

 断酒三十七日目。

 

 描かれている世界に引き込まれてアニメの原作者や音楽スタッフ、映像を何度も見返しては余韻に浸っています。お酒の量が増える前に戻ったような気がして感謝の思いでいっぱいになります。

 

 

 焼酎のボトルがなくなるころ「俺は死ぬために飲んでいる」と叫んでいたシーンを思い出してしまいました。

 

 自分との距離が気まずいです。ごめんよ俺。

 

 家族に感謝の気持ちで一杯になって漢字をながめていたら「あやまる」という字が入っていて驚きます。