断酒三十七日目

 誰がわたしの体を動かしているのだろう。隣の人でもいいはずだし、ヨーロッパやアフリカの人がわたしの体を動かしていてもいいはずだ。眠れなかったので変なことを考えた。「わたしはいったい何者なんだろう」「なぜ、いまこの部屋で寝ているのか」「どうして生きているのか」そのようなことを考え始めたら答えがないのですぐに眠ることができた。

 

 眠りから目覚めると悪魔は去っていく。朝は気持ちがいい。

 

 別々の時間と場所。みんな違う仕事先に出かけて行ってみんな違うはずなのに同じであることを求めたりするのはなぜなのだろう。わたしと誰かが違う人生を歩んでいるのだから違うことを受け入れたら良いのにわたしと同じ領域でしか人を受け入れることができないのはなぜだろう。

 

 昨晩は面倒なことを考えていたと朝になって気が付いた。

 

 緑茶が美味しい。目が覚めて元気が出る。

 

 期限切れになったお茶の葉だからものすごい勢いで飲んでいる。大切にしまっておかなければよかったと思う反動で贅沢に好きなだけお茶の葉を入れて飲む至福。好きな味、濃さでお茶の葉が少なくなることも気にならない。いらなくなったら捨てるという感覚を思い出し何かを捨てることができたのではないかと思いながら飲んでいる。捨てるくらいなら使おうという気持ちになって贅沢に使ったら気分も上向きだ。

 

 捨てて捨てて捨てて捨てて捨てて、残るもの

 

 捨てるとしあわせになる可能性があることに気が付いてしあわせな気分。これが「わたし」とかこれは「わたしのもの」とかそんなものを捨てて捨てきることができたら自由になった気分がする。

 

 ものを所有することも喜びが伴うけれど所有したものを失う喪失感におびえるくらいなら自ら執着しているものを捨ててしまえばと想像しただけでも気持ちが自由になる。

 

 断酒三十七日目。もう生きるとか死ぬとか考えなくなっているわたしがいることに気が付く。

 

 広い草原の真ん中でひとりあおむけでポツンと空を眺めている気分。空からも眺められているような感覚。あの人は生きているだろうか。

 

 はがきに「わたしは生きています」とだけ書いて送ってくれたらうれしい。