断酒二十八日目

 目標を持って頑張る。中期計画・長期計画と明日が来ることを信じて疑わない心境でいましたが「死」を意識したら明日がやってこないことに気が付きました。

 

 照光寺を支えてくださっていたお爺さんが手塚治虫さんの書いた「ブッダ」を持ってきてくださいました。診察を待っている間、たまたま偶然、毎月の治療に来ている奥様と待合室でご一緒になり「住職さん、どうしたの?」と診察を待つ間お互いの病状を語り合った数日後のことです。

 

 8年8か月で死んでしまう。アッサジ。

 10年後に死んでしまうと予言されるビンビサーラ王。

 

 手塚治虫さんの描かれる「ブッダ」を読んでいたらご門徒さんが心配して「死ぬことは何もおそれることはない。生きているということはいつか必ず死ぬことだよ」と教えてくれているような気がしました。

 

 病院で病気のことを話し合い「お坊さんなのに死ぬのが怖いって(大笑い)」の後、夕方になり心配になったご門徒さんは電話をかけてくださいました。「住職さん、それ以上の想像はしない方がいいのよ(余命宣告される可能性があるかもしれないと言いそうになった時の言葉)」

 

 つくづく愚かだったと思うことはご門徒さんはそれぞれの人生の中でしっかりと「死」を意識しながら生きて、「死」をいたずらに恐れることなく受け入れながら、「死」と裏表、すぐ隣にあることを受け入れながら生きておられたという事実に関心がいかなかったことです。

 

 漫画ブッダのなかでアッサジは餓死しそうな狼の家族に「自分自身の肉体を食べてもらう」という最後が描かれています。

 

 アッサジに10年後に寿命がつきることを予言されたビンビサーラ王に関しては「死なない方法をブッダに聞き、死をおそれ苦悩する姿」が描かれます。

 

 ブッダ自身が「死」を解決するために修行し続ける姿が「安堵の思い」につながることを実感しました。

 

 ご門徒さんの深い思いとことば少なく説教もせず漫画を寄贈してくれたはからいが何ともぬくもりのある対応だったと思いました。

 

 「死」を意識することがある人(あった人)には「明日」がないということを実感せざるをえないのかもしれません。それが当然のことと覚悟をし…それが事実で思い通りにはならない…くつがえすことも否定することもできない。「死」にあらがうことをやめると、むしろあきらめるということかもしれませんが、今日、今この瞬間のことだけを考え、大切にすることしか残されていないことを知らされます。

 

 自灯明法灯明

 

 お釈迦様の最後のことばが「自らを灯とし、法を灯とせよ」です。ありがたいと思いました。昨日、安倍総理が辞任するというニュースが流れました。夫婦ともども安倍さんのファンだったので安倍さんがお辞めになられることをとても残念に思います。お疲れ様です。

 

 65歳とまだまだお若いので病気療養なさって回復したら三度目に挑戦する総理の姿を夢想します。