断酒二十七日目

 お酒の飲みすぎでお亡くなりになった方のお通夜とお葬式に行ったことがあります。家族の方とは法事などで面識があるのでそれなりに会話が続いていきますが「お父さんも〇〇(ご子息の名前)もお酒でいっちゃった。お父さんのことがあったからお酒を隠したり水でうすめたりしてたんだけどばれちゃうし」。

 

 目じりに涙を浮かべながら語るお母さんのお姿は疲れで憔悴しきっておられました。ご子息の最後の様子なども聞いて内心お酒が大好きで毎日あびるように飲酒をしていた私はまるで自分自身の明日の姿と私の家族の姿を見ているような感覚でした。仏壇には大好きであったと思われる日本酒や焼酎が御供されています。

 

 お酒を飲まないではやってられない。誰しもそのような時があるでしょう。

 

 同級生のお父さんがアルコール依存症になったとき(25年ほど前)きっかけは退職金で投資をした株が暴落して紙になってしまったことでした。勤めていた会社の人員整理で早期退職をなさった彼のお父さんはとてもやさしい人ではた目から見てもしあわせそうな感じだったのが「朝からずっと飲んでるんだよね」となるまでに時間はかかりませんでした。

 

 投資したお金はかえってこないのですが「お酒を飲んでは次がある」とか「損失を取り戻す」と叫んでたりするという話しを二十歳そこそこのわたしはどうしたらよいかよくわからなかったので話しが尽きるまで聞き続けていました。

 

 あれから25年ほどの年月が経過して私自身が断酒することになった時に妻が「わたしのまわりにもお酒の飲みすぎでお亡くなりになった人がいるけれど子どもだった私はその人の口からお酒の匂いが毎日して嫌だった」と教えてくれました。

 

 お酒は楽しみながら飲むことが大切だと頭でわかっていても現実を忘れたくて飲みすぎたりしてしまいます。飲んでいる一瞬しか忘れることができないことも十分に理解しているけれど「飲まずにいられない」ことがたくさんあるのです。

 

 わたしの場合だと妻や息子に先立たれたらなんとなく生きている意味を見失ってしまうような感じがしてお通夜の晩に飲んでいるかもしれないと思ったりします。たいせつな家族、こころの支えとして時には「励まされ」時には「苦しみを分かち合い」楽しい時にはこころの底から楽しめる。

 

 家族のこころがひとつになっていることほど「しあわせ」なことはないと味わっています。

 

 世界中の家族がそれぞれに支え合い、いたわり合い、悲しみを共有して、精一杯生きています。死を意識しながら生きるようになって二十七日目。ことばを大切にするようになりました。

 

 お互いの気持ちを理解するには「ことば」によるところが大きい。「ことば」を発する人の雰囲気や表情から「想像力」を膨らませて相手の気持ちを共有する。強い語気、弱々しい口調、全神経を研ぎ澄ませて聞きます。

 

 家族のこころがバラバラにならないように精一杯努力してなるべく「こころがひとつ」になるように「聞」を大切にしています。仕事先で誰それに「〇〇」をされてムシャクシャする。腹がたった。情けない気持ちになった。仕事なんてやめちゃおう。「△□」と言われた…。お酒で憂さ晴らしができればよいのですが、30年ほどの時間を振り返って思うことは「憂さ晴らし」にお酒を使わない方が良いということです。

 

 明日も頑張ろうという気持ちになる程度の飲酒が最高です。この問題を解決しようと発奮できる気持ちの良い飲酒が明日への活力につながります。バーのカウンターで一人でかっこよく飲む。「かっこよく」です。

 

 あんだってコノヤローのようになると良いことは一つもありませんから寝ましょう。お酒を飲まないと眠れないということを心配する人もいますがだいじょうぶ。お酒を飲まずに眠らなかったらよいのです。酩酊状態で朝二日酔いだった時間。

 

 本を読み漫画を読み現実の問題を解決するためにはどうするか考えるような時間として過ごすことができます。

 

 断酒して三日間はほとんど寝てません。布団の中で「眠れない、眠れない」とうなっていたことを思い出します。神経がたかぶってよけいに眠れませんでしたが朝は快調でした。何となく眠いような気もして不健康だと思ったりしましたが深酒して肝臓が悲鳴をあげるような不健康さからくらべると大したことはないように感じました。

 

 ひとつの心になっていることほど「しあわせ」なことはない。ともだち・知り合いともひとつのこころになれたらきっと「しあわせ」です。

 

 組織に属している集団の一人ひとりがひとつのこころになっていたら「しあわせ」です。充実した時間と前向きな気持ちをよみがえらせてくれます。悲しみも苦しみも乗り越えられます。世界中の人のこころがひとつのこころになればもっと「しあわせ」です。

 

 眠れない夜は布団の中で瞑想しています。