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断酒二十五日目

 世の中の誰かがとてもしあわせであることを伝えるニュースはあまり報道されません。新型コロナウィルスの感染者の人数は毎日、それこそニュース番組の冒頭で必ずと言っていいほど伝えられますが、コロナウィルスから回復して「生きている」ことが嬉しいとか家族や友人知人がこころの底から心配してくれて「わたしにはこんなにも自分のことを心配してくれる人がいた」のだと改めて実感したと涙をながすニュースも流れません。

 コロナで「閉店した」「収入が減った」この先どうしようというインタビューが流れますがもしかしたら大儲けしたという人もいるでしょうし、前年度比30パーセント増し、増収増益という会社があってもおかしくありませんが視聴率を取ることができないのでしょうか、そのようなニュースやインターネット上で情報が流れるということも少ないようです。

 

 世間は悪い方へ進んでいるとしか思えなくなります。

 

 夕ご飯を終えてお風呂にはいり夜がやってくると悪いことばかり考えるようになったりします。客観的で中立な想像ができなくなり物事を批判的に悲観的に考えてしまいます。

 

 人は悪い情報の方に引かれやすく影響を受けやすいので音楽を聞いたり好きなアニメ動画を見たりして何とか前向きなこころを取り戻そうとしますがやればやるほど泥沼にはまって沈み込んでいくばかりでよけいに悪い想像が増幅して消すことができなくなります。朝はとても気分が良く「あの人はとてもやさしくていい人だ」と思っていたのに夜になると突然「あの人って最悪だ」と逆の感情が湧き上がってきたりします。すべての出来事や体験してきたことが朝は「最高だ」「とても良かった」と感じていたにもかかわらず夜になると「最悪だ」「とても気分が悪い」と180度変わるのです。

 

 人間の本能。

 

 夜になると夜行性の肉食動物に襲われたりする心配から逃れられない。寝込みを襲われても対処できないので夜は不安なのです。

 

 そのような心境の時こそ「アルコールでしょ!」…と今まではお酒を飲むことにしていたので夜はとても楽しい時間でした。仕事のことで頭がいっぱいのときはいいのですが断酒中は頭脳がシャープなので冷静になってしまいテンションは上がりません。そのような状況でふと我に返ると夜は魔境です。

 

 みんな同じようなことを体験していると思います。夜はネガティブになりやすい。

 

 解決策は「誰かと死に関して話す」こと。

 

 心療内科の専門家でもいいし、会社の同僚や趣味の仲間でもいいので「会話」をしたりSNSで見知らぬ他人とつながって話しをすると闇が去っていきます。わたしは会話をする相手が仏さまだったりするのですが「死」に関してお坊さん同士で家族とも話しをします。

 

 死を意識しながら生きていると死んでいくことを話せる人が欲しくなるはずです。死を考えずに遠ざけている「死」に関して目をつむっていると闇は去っていかないような気がします。死を連想されるものからは遠ざかりたいのが人情ですし酒席でも「暗い話をするなよ」と話題を打ち切られてしまったりします。「重たい話しをする人」というレッテルを張り付けられて距離を置かれてしまうかもしれないと心配したりするでしょう。

 

 実際に自分事としてお医者さまから「死」を連想させるような診断をされると「死んだらどうなるのか」という疑問は尽きません。むしろ「死」について真剣に考えるようになります。さらに不思議なことに「死」を直視して誰かと話しあうと夜の魔境が極楽になります。だからこそ「死」から遠ざからず「死」を意識する必要があるのです。

 

 「死」が終わりではなく「安らぎ」をもたらすことに目覚めていくことがあります。「死」から逃れて考えないようにすればするほど闇は深くなり恐れも大きくなって魔境の沼にはまっていくばかりです。かすかな光かもしれませんが「死」を意識しながら生きるとかすかな光でも闇が晴れることがあるのです。

 

 死にもの狂いで必死になってつかんでいる「生」を手放す感覚も生まれます。手を離さないように必死になってつかみ続けていたことが「まぼろし」だったと知らされ、手を離すと「やすらぎ」が生まれるとは想像できませんでした。夜の闇が連れてくる魔境は即座に安楽に変わります。

 

 「死」を意識する。

 

 危険と隣り合わせの仕事をしている方々は「死」を意識して過ごしていることでしょう。老いをきっかけに「死」を意識したり、事故をきっかけに「死」を意識したり、病気をきっかけに「死」を意識したりします。健康な時であればあるほど「死」を意識して生活することを心がけて努力する。「死」を忘れないようにする。

 

 見上げても「死」

 足元も「死」

 右を向いても左を向いても「死」

 

 「死」を考えないようにしても私の内部から「死」が吹き出してきます。あふれかえって「死」に恐れおののきますが逃れようとすればするほど消すことはできません。

 

 「死」を意識し直視し続ける。

 

 知らない間に「生」が輝きだし闇が消え「やすらぎ」に満たされることを実感するでしょう。「死」を受容するには時間がかかりますが「やすらぎ」に満たされて寿命を終えていく人もたくさんいるのです。そうなれないからと言って悲観する必要もないし押し付けようとも思いませんが「夜の魔境」から抜け出すきっかけとなるかもしれないのでお知らせいたします。

 

 余命宣告を受けたお坊さんの法話を聞いて何度も頭の中で繰り返しながら味わった世界のいったんを書き記しました。