断酒二十三日目

 CT検査の日がくるまではあまりネガティブなことを考えないようにしています。これまでお参りに行ってきた先々で出会った人の中には「余命宣告を受けた」という方もあり「ガンの闘病中」「交通事故」さまざまな人がいます。歩きながら「どんな気持ちだただろうか」と考える日々。

 

 死んでしまってもなお思い出として心の中で語りかけてくる人々。面影や笑った表情などが思い起こされるのは何ででしょう。死してなお残された人々を育て続けるということなのかもしれません。

 

 8月3日

 お医者様はこう言いました。

 

 「通常の10倍以上の数値がでてる。検査してから半年も経ってから来て…」

 

 「入院しますか。紹介状書きましょうか。」

 

 僕は深いため息を一つ吐き出しました。「忙しいので入院はしたくありません」と答えると黙ったままです。

 

 私の目をじっと見つめて「肝不全かもしれないのよ?もしかしたら肝硬変の可能性もあるし」

 

 「肝不全ってなんですか」

 

 一息、飲んでからお医者様が「肝臓が機能していないことです。細胞が生きていればいいけどね」と言いました。

 

 緊急事態なのか「血液検査をもう一度やってからすぐに結果を診断してくれるお医者様に電話をかけます。」と言って診察室から出ていくお医者様。

 

 受付で待つ時間は数分でしたが「どうする?」と焦りながら自問自答。

 

 数駅先の病院に行くことになり、受付の人からは「診察の時間が12時だから急いでください。30分あればぎりぎり着けると思います」となりました。

 

 久しぶりに走った。

 

 駅の自転車置き場まで立ちこぎをして駐輪場へ。気が動転していたのかPASMOがあるにもかかわらず切符を買いました。

 

 駅で時刻表を確認すると12時には間に合いそうになかったので次の駅で下車してタクシーで移動することに。運転手の人と目が合うと「何事があったのか」と凝視するので「間に合ってよかった」と言いました。

 

 「肝臓がかなり弱って数値も悪いけれど慢性肝炎、急性肝炎、初期肝硬変なら治ります」

 

 その言葉を聞いたとき「間に合って良かった」と答えました。

 

 肝臓の病気。生活習慣病ということですが病状が進行するとどうなるのかという説明を受けました。正直、あまり聞きたくなかった。目の前が真っ暗になる感じとはこのことかと思うくらい動揺します。

 

 お酒を飲みすぎると肝臓が炎症を起こして大きくなりますが、すぐにお酒をやめたら肝臓は強い臓器だから再生します。休肝日を一日二日設けるのはこのためです。アルコールのせいで死んでしまった肝臓の細胞を回復させるにはお酒を飲まないことが一番のお薬だからです。お酒を飲む人は誰しも気になることですし休肝日を設けることを心がけながらお酒を楽しむ人がほとんどでありましょう。

 

 もしも、お酒をやめることができないならアルコール依存症という病気なので恥ずかしがらずにお医者様や専門のカウンセラーに相談したりお酒をやめる努力をしている人に悩みを打ち明けてみることが大切です。

 

 依存症の原因はアルコールにあるのではありません。私が実感していることは「アルコール」や「薬物」「買い物」などに依存してしまうときには「憂さ晴らし」「気分を変えたい」「つらい現実を忘れたい」「楽しい気分になりたい」などの欲求を満たすために「アルコール・薬物・買い物」などに頼ってしまう現実。それを受け止めると根本的な原因を解決しないと依存する状況から抜け出すことができません。

 

 コロナで収入が減った。会社や取引先の人間関係。病気…家族関係…育ってきた環境などさまざまなことが複合的に重なり合って何かに依存します。

 

 お坊さんにも悩みはあるのですが私の個人的なことから言えば「宗教離れ」を止めることができないという漠然とした不安から逃避していたということになるでしょう。人間関係からも「辛苦」なことが重なればストレスになるので毎晩の晩酌でスッキリ楽しい気分になって次の日に備える。そんな感じで飲んでました。

 

 お医者様から「末期ではないだろうけれど、肝硬変は中期以降は治りません。今後、徐々に進んでいきます」という言葉を聞いたときは天を仰ぎました。動揺は激しくなかばパニック状態で脳細胞がフル回転です。「どうする?」という言葉が頭の中を駆け巡り「僕は治るんだ」「何かの間違いが起こらない限り大丈夫だ」と何度もこころのなかで叫ぶ感じです。

 

 「末期になると頓死する人もいますし、口から血をドバーッと吐いて死んだりします。肝臓の細胞が固くなって再生しないのでガン化すると肝臓がんです。○○先生(紹介状を書いてくださったありがたいお医者様)が心配しているのも何人も死んでいく人をみたからでしょうね。わたしもたくさんの人を見てきたし」

 

 懇切丁寧に病気の説明をしてくださるのでそれは良かったと思ったのですが「ガビーン」とか「まじか!」と叫びながら心の中でお医者様のお言葉を繰り返しました。お坊さんあるあるなのか言葉が耳に届くたびに「チーン」とリンがなっていたような気もします。

 

 死に照らされてはじめて自覚することばかり。死がすぐ隣に横たわってますが、生きていることだけでうれしく思ったりしながら過ごしてます。8月3日以来、個人的には宗教的な生き方と味わいがより一層深まった気がします。テレビやネットの情報で不安な気持ちを煽られても手を合わせるとぬくもりが湧いてきます。不思議です。

 

 この先、死んでしまいたくなるくらいの厳しい現実に襲われるかもしれないということも考えましたし、お寺にお参りしていた人が亡くなっていく姿を見ていると「どれだけ耐えなければならないのだろうか」という気持ちにもなります。

 

 「こんな感じであの人は苦しみ悩んでいたのかもしれない。一人、不安な気持ちと戦っているのかもしれない」という思いも強くなりました。また、見える世界がガガっと広がるので「生きているいのち」に対して「美しさ」を感じたり「憧れ」を抱いたりもします。小さな虫も鳥も生きている。樹木も花も生きている。空を見上げて大きないのちに包まれていることを感じ、大きないのちに帰っていくことができると考えたら生きているいのちの姿を目の当たりにするだけでいま生きていることが嬉しくなります。いのちが「生きてるぞ」とこころの中で叫んで爆発して体中を満たし、あふれ出し、境界線を引いていた私自身が溶けてなくなるような感覚も出てきました。

 

 小さな生き物も水も太陽も生きていることを実感させてくれます。枯れていく姿を見ておそれおののくことはないのです。

 

 断酒二十三日目はこのような心境でした。大きないのちを見ることができる。そして、もっと大きないのちに名前を付けると「阿弥陀」となります。妻と息子とみんなが生きていることに喜びを感じます。いのちは爆発なのだ。

 

 生きている。

 

 生きているぞ。みんな生きている。妻も息子もみんな生きている。生きている。生きているんだ。こんな嬉しいことはない。