断酒二十二日目

 長期間にわたって飲酒をしていると断酒したあとに禁断症状がでます。

 

 一日目。眠れません。

 

 二日目。眠れません。三日目も四日目も眠れませんでした。

 

 禁断症状に負けて飲み続けると死んでしまうわけです。

 

 「あなた死ぬよ」ときつく言われていたわたしは眠ることのできない時間を「死んだらどうしよう」という恐怖心で乗り切りました。いま、死ぬわけにはいかないという意思が断酒を続ける力となったのです。布団をかぶって「死にたくない」「死にたくない」「死にたくない」と言い続ける様はあまりにも滑稽でした。悪夢のようなものにうなされることもあります。寝汗もたくさんかきました。

 

 「僕が死んだ」あとのことを考えると小学生の息子の将来と妻の生活がどうなるか…どうすればわたしがいなくなっても生きていくことができるかをまっくらな部屋で眠れない間ずっと考え抜きました。だいたいどうにかなるだろうという計画をたてるとホッとすると同時にさみしくなりました。

 

 当初の三日間ほどは残される可能性の高い妻に「これはこうしろ」「あれはこうやれ」「お参りはこのようにすれば楽にできる」「信頼できる人はこの人とあの人でいいかな」など少しずつ話しました。

 

 三週間ほど経過して「生きているだけでしあわせだ」という心境になり、穏やかな時間が増え、妻は肝っ玉かあちゃんになりました。肝臓のために「タンパク質」が多い食材を毎日つくってくれます。家族がひとつの心になることほどしあわせなことはないと思います。

 

 それまでは「いきること」ばかりを考えていましたが「死に照らされる」とほとんどの悩みは雲散霧消します。誰それが好きだ嫌いだを含めた人との軋轢も死を目の前にしたらまったく気になりません。嫌いな相手もいずれ死にます。あれほど悩んでいたのに不思議でした。人との関係は一時のことでしかありません。見知らぬ人にからまれて怒鳴り続けられたことを気に病んでいましたがこれもスッキリ解消です。般若の顔で怒鳴り続けたおばさんもいつかは死にます。むしろ何か問題をかかえていらっしゃったのかもしれないと私の方が心配になったくらいです。

 

 お金のことも考えました。貯金がいくらいくらあるからあと半年は無収入でも大丈夫だとか心配していましたが「明日がない」ことを知らされると関係ありません。ましてや5年後、10年後のことを悲観的に考えて今日をウジウジ悩んで心配しながら生きることがもったいないと実感しました。今を精一杯生きればそれでいい。それだけです。誰にも未だ来たらずの未来がどうなっているかわからないのにわかったようなふりをしないと生きていけないのかもしれないと思います。

 

 妻や息子の生活がどうなるか。仕事を続けることができるか。そんなことを心配していました。三日目くらいになるとわたしがいたら何とかなると考えている姿があまりにも傲慢なことかもしれないという結論にも至りました。もしかしたら「私がいない」方が生活が豊かになるかもしれませんし、自由な時間も増えて縛られていることからも解放され「もっとしあわせ」になるかもしれないと思いました。男は妻が死んでしまうとがっかりして早死にしてしまう人もいますが女性の場合は「やれやれやっと死んでくれた」と一人になったことを心の底から楽しむようになったりするのです。

 

 「わたしがいれば安泰」などと考えていたことが妻と息子の能力や人格を否定するような感覚が芽生えて「それは傲慢なことだろう」と考えたのです。

 

 一日が三日分の時間を凝縮して過ごしているような感覚と自分の意に沿わないことを我慢してやることが虚しく感じたりします。世間の人の目や意見を気にして過ごしていたことを後悔しました。誰かに好かれて気に入ってもらうことが自分自身の人生の中でどれほどの比重があるのかと考えたらそれほどのことでもありません。一生懸命努力をして好かれても一緒には死んでくれません。当たり前のことでした。

 

 余命宣告を受けた人が「わたしには残された時間は少ないからあなたと会って無駄に時間を費やすことをしない」と怒鳴っておられた気持ちが少しわかるような気がしました。

 

 「僕の存在がこの世から消えてなくなる」ときに「あなたがいないと悲しい」と言ってくれる人を大切にしたらよいのだろうと思いました。健康な時でも同じように考えることができたらとても素敵な人生になるような気がします。この点は仏教徒でよかったと思ったところです。

 

 うわべだけで言っているということも薄々わかるようになります。何となくですが。

 

 断酒二十二日目。禁断症状もなくなりすこぶる快調です。もしかしたら治ったのではないかと思ったりします。