真のしあわせ

 やさしいこころ

 ぬくもりのあるこころ

 家族のこころがひとつになっていること

 

 ほとけのこころに通じるこころは真のしあわせをうみます。

 

 お念仏は真のしあわせの源泉

 

 わたしはこれまでのことを振り返ると取り越し苦労な人生だったと思います。「あれも心配」「これも心配」心配ばかりで過ごしていたかしら…心配事はなくならないのです。けれども心配していた出来事のほとんどは現実のものとはならず…

 

 心配ごとを一つ一つ解決してきたからと思い込みたいところだけれども…ある人から「しあわせって何ですか」と聞かれてから数か月たちました。

 

 ネットなどでいろいろ調べたり本を読んだりしながら「しあわせ」を探していましたが「家族のこころがひとつになっていることがしあわせだ」という言葉に出会いました。

 毎月1日の奥様のご命日にお爺さん・ご子息二人・お孫さんが月に一回一堂に集まっていっしょに正信偈のお勤めをします。三世代のこころがひとつになって毎月一回先立たれた奥様もほとけさまとしてご一緒に過ごす時間が真のしあわせです。

 

 今年、七回忌を迎えるので六年間、命日にあつまって正信偈をあげるのですが仏さまとともに過ごす時間が増えるということは「やさしいこころ」「温かいこころ」を生み出すのでどのような出来事が日常生活に降りかかってきても「みんなのこころがひとつ」で支え合うことができるようになるのでしょう。

 

 真のしあわせは「みんなのこころがひとつ」になっていっしょに法事・法要をつとめること。家族全員で勤行することこそ真のしあわせです。

 七回忌をむかえるにあたって家族全員で正信偈をいっしょに勤めた時間はこの上もない「しあわせ」な時間だったと思います。先立たれた大切な人もほとけさまとなっていっしょです。これ以上のしあわせはないでしょう。

 

 家族のこころがバラバラで自分のことしか考えず仏さまも大切にできないならそれがしあわせから一番遠い状態なのかもしれません。