昭和5年9月生まれ

 豊原大成先生の本を注文しました。

 

 豊原先生は昭和5年9月生まれです。『知っておきたい浄土真宗の行事と仏事〈「慈眼」法話より〉を何度も読み返しています。

 

 忘れかけていた感動がよみがえってきます。

 

 いのちに対する覚悟と言えば良いのでしょうか。幸せ・やさしさ・ぬくもり…ことばにかける思いの強さがひしひしと伝わってきてもう一度豊原先生に会いたいなと思ったりします。

 『ところで、このような葬儀前夜の通夜にあたって、人は何をすべきなのでしょうか。まず最も大切なことは遺体をお守りすることです(117頁8行目より引用)』と書かれてあります。

 

 「遺体をお守りする」ということを完璧に忘れ去ってしまうところでした。わたしの周囲には通夜葬儀を修行しない人がたくさんいます。直葬・ゼロ葬という流れに抵抗する日々の中ですが「遺体をお守りする」という行為は忘れてはいけないと思いました。

 

 慈眼の最後に『昔は夜伽といって、冷たくなった遺体がさぞ寒かろうと、その横に妻や遺児が朝まで添い寝することさえあったそうですが、あえてそこまでせずとも、せめて肉親の死に当り、わけてもその遺体が残っている最後の夜には、読経もろともに夜通し柩のお守りをする温かい、やさしい心をもつことは、今の世の中ではことに大切なことであります(118頁より引用)』と豊原先生の言葉が残されています。

 

 お通夜で夜通し付き添うことは「温かい、やさしい心」だったのです。これまでのわたしは間違っていたと慚愧の念が沸き起こり「温かさ」「やさしい心」とはどのようなものか獅子吼なさっておられる先生のお姿がそこにあるような気持ちにもなりました。

 

 いまの通夜葬儀はどうだろう。自宅にご安置されるケースは少なくなり葬儀屋さんのホールにあずけて帰宅してしまうことも多いはずです。この頃はお通夜はしないという人に出会うこともあり、葬儀をしないという人にも出会うようになり、どこかわたしの方が間違った感覚でお付き合いしているのではないかと自分のせいにしたりすることも増えました。

 

 でも間違ってなかった。『夜通し柩のお守りをする温かい、やさしい心をもつことは、今の世の中』だからこそより一層『大切なこと』なのです。

 

 仏事は「温かい、やさしい心をもつ」ことだった。わたしのこころの中に「安らぎ」の風が吹いています。豊原先生にあいたいなぁ。