役員さんにあてたメールをそのまま皆様へ

照光寺役員の皆様へ

 お忙しい中、宗教法人の規則認証手続きに関する書類に署名捺印していただいたことまことに感謝しております。

 法人になるにあたって

 布教所は本願寺の事業の一部です。浄土真宗のお寺が少ない首都圏で浄土真宗の教えを伝え続けるためにできた事業です。浄土真宗の教えにいのちを救ってもらったという思いの強いわたしは自分の能力を省みることなく挑戦しましたが、今からかんがえるとこわくなるくらいです。無謀でした。

 そんな私が目標を達成できたのは浄土真宗のお寺さんと住職・門徒のお陰です。かなり助けてもらいました。収入の半分以上がお手伝いだったこともあります。それでも仲間が一人増え二人増え小さな団体が宗教法人になるのですから無謀だったけれどみんなのお陰でお寺が建ったと胸を張って生きています。

 また、オウム真理教の事件後、新規の宗教法人は認めない方向性になっていた中やっとできたお寺です。せめて責任役員と総代さんには住職の気持ちをお伝えし共有したいと思いメールをしたためています。

 死んでも死にきれない私、助からない私が助かる。そんな教えを聞いて「ああそうかたすかるのか」となれば花丸です。そこに「浄土真宗の救いの神髄」があります。その真理が南無阿弥陀仏です。ああそうか助かるのか。これにうなづけたら心配する必要なかったとなる。あらゆることが肯定できる人になります。

 そのような人になってください。それがわたしの希望です。皆さんが「獲信(ぎゃくしんとよみます)」の人となれば物の道理として周囲の人が「信を獲り」ます。

 これまでのお力添えまことにありがとうございます。これからもよろしくお願い申し上げます。

 住職

 追伸 信のたとえ話しに「大根を作ってない人がいくら大根をあげますと言っても誰も信じないでしょう」というものがあります。わたしはこの言葉を聞いたときにあまりにも感動してしまい、たとえ話しを聞いた直後の法事の席で「いままでウソをついていました。すみません」とあやまってから法事を始めたことがあります。大根は信心です。いまは落ち着いてウソはつかないように心がけています。今しばらくお元気でお過ごしになられて住職にお付き合いください。

お釈迦さまは世の中を嘆いたのではありません。迷わなくなっただけです